今学んでいる「ライフマスタリーアカデミー(LMA)」。
3か月目は、「感情」について学びました。
感情とは何か。感情に振り回されないためにはどうすればいいのか。
その中で、
観察 → 分離 → 許可 → ニーズ → 選択
という5つのステップを学びました。

自分の中で起きていることを、「事実」「解釈」「身体反応」「ラベル、ストーリー」などのレイヤーに分けて見ていく。

ただ、実際にワークに取り組んでみると、「これ、どうやって分ければいいんだろう?」と、いまいちわからない場面もありました。
- 感情に振り回されている感じがする人
- 嫌な感情をなくしたい、と思ってしまう人
- 事実と解釈をどう分けるのかがわからなくて困った人
「事実」って、どこ?
たとえば、
「noteなどのWeb媒体で毎日何かしらの気づきを投稿しよう!」
と思いついたとき。
最初は、

「楽しそう!」
みたいなワクワク感や、



「自分と向き合うきっかけをつくるところを増やそう」
みたいな気持ちがあります。
けれど、書いているうちに、



「なんか気分が下がってきた……」
「こんなことやって何の意味があるのだろうか……」
「うまく言葉にできないし、まとめられなくて落ち込む……」
みたいになってきます。
それでもやり過ごして投稿できる時もあれば、だんだん何を書いているのかわからなくなり、下書きでやめてしまうことも。
こういう場合、
「事実(カメラでぱしゃっと撮った)」は何になるんだろう?
と思いました。
ただ私が机の上で考えている、みたいな状態?
そこでコーチに質問しました。
回答をもらってわかったのは、事実と解釈を分けなくてもいい事例もあるということでした。
私は「5ステップ」と聞くと、どうしてもそれに合わせることにこだわってしまう。
「どこに当てはまるのか、ちゃんとスッキリさせたい」
と思って、自分でもよくわからないところで迷っていたようです。
「気分が下がった」と「意味がない」は並列ではなかった
もうひとつ、質問して大きかったのが、



「気分が下がってきた……」
「こんなことして何の意味が……」
という部分でした。
私は、
「気分が下がってきた」
と、
「こんなことして何の意味があるのだろう」
を、並列に捉えていました。
でもコーチのお話の中で、
「気分が下がってきた」ってことは「意味ないんじゃないの」
と紐づけている、とありました。
そこで、「なるほど、紐づけとはこういうことを言うのか!」と気づきました。
確認してみると、
「気分が下がってきた」は感情。
「意味ないかもしれない」はレッテル。
という理解で合っているとのこと。
そしてコーチから、
「気分が下がったとしても、意味がないとは限らないですよね!」
と言われました。
そうですね。
冷静に文字にして見ると、飛躍して紐づけていることがよくわかりました。
「気分が下がった」
ということと、
「この行動には意味がない」
ということは、全然イコールではない。
でも自分の中では、いつの間にか一続きのものになっていたようです。


嫌な感情だけを消すことはできない
ちょうどこの時期、『自分や他人に振り回されないための感情リテラシー事典』という本も読みました。
この本で印象に残ったのが、
ひとつの感情には、それと対になる感情が存在する
ということ。
嫌な感情だけを消すことはできないし、その感情があるからこそ、自分にとっての良い感情をより強く感じられることもあるのだな、と学びました。
たとえば、〈失望〉は〈期待〉と対になる感情。
〈失望〉を恐れると〈期待〉もなくなる。
期待が低すぎると、自分の状況を改善するための行動や能力が制限されたり、無力感や絶望感を感じたりすることもある。
感情を「これは良い」「これは悪い」と単純に分けるのではなく、いろいろな感情を多面的に見ることができる面白い本でした。
ヨロコビだけでも、シンパイだけでも「自分らしさ」じゃない
そしてこの時期に『インサイド・ヘッド2』も観ました。
LMAで感情について学んでいたこともあり、いろいろと重なるところがありました。
特に印象に残ったのが、
自分らしさの花は、一つじゃない。
ということ。
ヨロコビだけじゃダメ。
シンパイだけでもダメ。
いろんな感情が集まって「自分らしさ」になる。
そして、いちばん大きかったのは、
どの感情の根っこにも、「主人公のことが大好きで、守りたい」という思いがある
と気づけたことでした。
カナシミも、イカリも、シンパイも、私を苦しめようとしているわけではない。
少しやり方が極端になってしまうことはあっても、どの感情も、私を危険や傷つくことから守ろうとして生まれている。
そう考えると、自分の中の感情と向き合うことへの怖さがなくなるような感じがしました。
感情をなくすことが目的ではないのかもしれない
3か月目に感情について学び、本や映画にも触れて、今のところ私の中に残っているのは、
嫌な感情をなくすことが目的ではない
ということです。
「気分が下がった」なら、まずそれはそれ。
そこから、「だから意味がない」と飛躍して紐づけていないかを見る。
嫌な感情が出てきても、「こんな感情はいらない」ではなく、
「この感情は、何から私を守ろうとしているんだろう?」
と見てみる。
いろんな感情があるから、自分らしさができている。
そんなふうに考えると、「感情に振り回されない」ということの見え方も少し変わりました。
ただ、実際に子どもとのやりとりでワークをしてみると、また別の疑問が出てきました。
気持ちはフラットになった。でも、これって根本的な解決にはなっていないんじゃない?
後編では、そのことについて書きます。
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